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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(あ)112号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人中村康彦、同日下部昇の上告趣意について

本邦に入国した外国人は、上陸後一定の期間内に、外国人登録法三条、同法施行規則二条一項の定めるところにより、居住地の市区町村長に対し、外国人登録申請をしなければならないが、右の登録申請は、外国人の居住関係及び身分関係を明確にし、もつて在留外国人の公正な管理に資することを目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続でないことはもとより、そのための資料収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもない。また、この登録申請は、有効な旅券等を所持しない不法な入国者であると否とを問わず、すべての入国者に対し一般的に義務づけられているものであり、前記行政目的を達成するために必要かつ合理的な制度というべきである。このような登録申請の性質に照ら判旨すと、外国人登録法三条一項の規定が本邦に不法に入つた外国人にも適用されると解し、これに違反した者に対し同法一八条一項の罪の成立を認めることとしても、憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要したことにならないことは、当裁判所大法廷判例(昭和二九年(あ)第二七七七号同三一年一二月二六日判決・刑集一〇巻一二号一七六九頁、同四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日判決・刑集二六巻九号五五四頁。なお、最高裁昭和五三年(あ)第一五七号同五四年五月一〇日第一小法廷判決・刑集三三巻四号二七五頁参照)の趣旨に徴し明らかなところである。なお、外国人登録法三条一項は、旧外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号)四条一項と異なり、登録申請に際し旅券を提出することを義務判旨づけているが、外国人登録法の右規定も、不法入国の外国人が旅券を提出せずしかも不法入国の事実自体を供述しないでする登録申請を不適法とする趣旨を含むものではないと解されるから、そのことのゆえに、同法が前記行政目的を達成するために必要かつ合理的とされる以上の規制をしているものということはできない。

したがつて、これと同旨に帰着する原審の判断は正当であり、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

弁護人中村康彦、同日下部昇の上告趣意

第一点 原判決は憲法三八条一項に違反するものである。

一審判決は「被告人の判示所為は外国人登録法三条一項に違反し、同法一八条一号に該当する」として同法を適用しているが、外国人登録法(以下外登法という)三条一項所定の新規登録申請義務は不法入国者には適用されないと解するのが憲法三八条一項に適合する解釈であり、従つて外登法一八条一項一号は不法入国者の不申請行為を処罰するものではないのであつて、一審判決は明らかに法令の適用を誤つているというべきであり、これを肯定した原判決は憲法三八条一項に違反するものである。

一、憲法三八条一項は「何人も不利益な供述を強要されない」と規定する。この規定は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであり(最高裁大法廷判決昭和三二年二月二〇日)、この保障は、純然たる刑事手続においてばかりでなく、それ以外の手続においても、実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用も一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものである(最高裁大法廷判決昭和四七年一一月二二日)。

二、外登法三条一項は「本邦に在留する外国人は、本邦に入つたときはその上陸の日から六〇日以内に、その居住地の市町村の長に対し、①外国人登録申請書一通、②旅券、③写真三葉を提出し、登録の申請をしなければならない」と規定する。そして同法施行規則二条は、外国人登録申請書には別記第一号様式の所定事項を記載しなければならないとして、「①氏名及び性別、②生年月日、③職業、④国籍、⑤旅券番号、⑥旅券発行年月日、⑦上陸した出入国港、⑧上陸許可年月日、⑨在留資格、⑩在留期間、⑪出生地……」を必要的記載事項として要求しているのである。なおここにいう「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」というのは、いずれも出入国管理令(以下入管令という)に定めるそれをいい、同令の「出入国港」とは外国人が出入国すべき港又は飛行場で法務省令で定めるものをいうとされている。(同令二条八号)。従つて、外国人が本邦に上陸する場合には、旅券を所持していなければならず(同令三条、六条)、入国審査官による審査を受けて上陸の条件に適合していると認定されれば旅券に上陸許可の証印が押捺され同時に在留資格や在留期間の決定を受け、その旨を旅券に表示されることになる(同令七条ないし九条)。

以上のように外登法三条の新規登録申請は、旅券の提出を前提とし、そこに記載されている内容を申請書に記載することを要求しているのである。同法四条に規定する外国人登録原票、同法五条に規定する登録証明書もすべて旅券および申請書に基づいて登録・記載されるのである。

三、外登法施行規則三条一項は、「市町村の長は、法三条一項(新規登録)の申請があつた場合において、法四条一項(登録原簿への登録)の登録をするときは、その外国人の旅券に基いて、申請事項を審査し、それが真実であることを確認しなければならない」と規定し、同法一五条の二は、一項において「市町村の長は、三条一項の申請があつた場合において、申請の内容について事実に反することを疑うに足りる相当な理由があるときは、外国人登録の正確な実施を図るため、その職員に事実の調査をさせることができる。この場合において、必要があるときは当該申請をした外国人に出頭を求めることができる」、二項において「前項の調査のため必要があるときは、市町村の職員は、当該申請をした外国人その他関係人に対し質問をし、又は文書の提示を求めることができる」と規定する。

更に、新規登録申請手続は、通常、以上の規定をこえて、申請書や旅券のほか陳述書や理由書を提出させて、申請事項の内容や本邦に在留することとなつた事情等を説明申告させているのである。

四、以上のような法の定め方および申請手続の実際によれば、不法に本邦に入国した外国人が新規登録申請をする場合には、旅券が提出できず、申請書に旅券関係事項および「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」を記入できないこと自体が不法入国の告白であるのみならず、その間の事情を前記陳述書あるいは理由書により、また市区町村の職員の質問によつて明らかにせざるをえない仕組となつているのであつて、実質的にみれば、右申請は、同時に不法入国事実の申告そのものであることが明らかである(大阪地裁判決昭和四八年三月三〇日、判例時報七〇九号一一四頁)。

この点につき、大阪高裁昭和四九年七月一七日判決(同七五三号九七頁以下)は、「外国人登録申請に際して旅券を提出しなかつたこと、これらの事項につき空欄のままの申請書を提出しなかつたことをもつて不法入国罪の告白であり、自認であるということはできない。ただし、自動車運転者は一般に免許を有し、免許証の携帯が義務づけられ、警察官から提示を求められたときは、これを提示しなければならないが、免許証の不提示が無免許であることの告白、自認であるということはできないし、捜査官の取調べに対し黙秘権を行使した黙秘調書が、自認自供調書でないのと同じである。……沈黙は沈黙そのものであつて、それ自体としては無色無意味であり、ただ周辺の諸般の事情からそのような態度に出たことをもつて、ある事項を推測させる一要素となることがあるにすぎないのであつて、前記のような記載事項を空欄にしたままの新規登録申請が同時に不法入国の申告そのものであるとするのは独断的見解であつて、とうていこれを容認できない。」と判断する。

しかしながら、ここで問題としているのは、不法入国者に、新規登録義務に基いて登録申請を強制することが不法入国の告白になるかということであつて、入国審査官等に登録証明書の呈示を求められた場合(外登法一三条二項)のことではない。およそ、捜査機関からの取調べに対し消極的に黙秘する場合と、登録義務に基づいて自発的に登録申請をしながらその一部(旅券関係事項や在留資格・在留期間)については、積極的に黙秘した場合とその後の法的規制が全く異なつていることは前述のとおりである。この二つの場合を同一視することは黙秘権の内容としてとうてい肯認できないものである。

五、「つぎに、右登録申請と不法入国者に対する刑罰手続との関係についてみると、外国人の不法入国は、出入国管理令三条に違反し、同令七〇条一項により三年以下の懲役若しくは禁錮または一〇万円以下の罰金に処せられることになつているから、刑事訴訟法二三九条により、不法入国者の新規登録手続を受けつけた市町村の職員はこれを捜査機関に告発しなければならず、《証拠略》によれば、実際に右告発が実行されているほか、出入国管理令六二条二項五項によれば、不法入国者から右申請を受けた市区町村の職員は所轄の入国審査官または入国警備官に対して通報しなければならず、入国審査官は同令六三条一項により不法入国者を告発することになつているのである。そして前記のとおり不法入国者の新規登録申請が同時に不法入国の申告そのものである以上、右告発がたんなる捜査の端緒にすぎないものではないこともおのずから明らかであろう。

すなわち、不法に本邦に入国した外国人にも外登法三条一項の新規登録申請義務ありとすれば、これらの者は右登録申請をしないことによつて不申請罪の刑罰を科されるか、申請することによつて不法入国罪の刑罰を科されるかのいずれかの途を選ばざるを得ないという進退両難の立場に立たされるのである。かくて、右登録申請義務は自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項についての供述を刑罰をもつて強要することにほかならないから、憲法三八条一項に反するものといわなければならない。

そこで、最後に、憲法三八条一項の自己負罪拒否の特権の保障と外国人登録の必要性との関係について考察するに、右自己負罪拒否の特権が保障される根拠は、強要された不利益な供述は真実を誤る虞が強いこと、拷問の弊害を一掃すべき歴史的事情のほかに、自己を有罪に導くような供述を強要することは個人の人格の尊厳を守るゆえんではないとの近代的個人主義ないし人道主義の精神にあると解すべきであつて、このことは、領土内に居住するすべての一般人について、日本人であると否とを問わず、その居住関係や身分関係を明確ならしめる必要があるからといつて、所在をくらましている犯罪人に対してもその居住関係、身分関係を申請させるなかで自首を強制するような制度が到底容認できないことからも明らかである。外登法は、本邦に在留する外国人の居住関係および身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管理に資する必要から登録制度をとり、在留外国人に登録申請義務を負わせているのであるが、ことは基本的人権の尊重を基本とすべき民主主義国家の法制度のあり方にかかわる問題であつて、法律によつて基本的人権を制限できる場合があるとしても、それはきわめて高度の公共的価値を実現すべき事情ある場合に限られるべきところ、外国人管理のためその居住関係および身分関係の明確化が日本国民の居住関係および身分関係の把握以上に重要であるとはいえ、憲法三八条一項の保障する自己負罪拒否の特権を奪つてまで登録申請義務を強要しなければならない特段の事情は認めることができない。

したがつて外登録は、本邦に不法入国した外国人に対しては、同法三条一項の登録申請義務を科してはいないと解すべきである」(前記地裁判決)。

六、ところが原判決は「申告義務の範囲も居住関係及び身分関係に関する事項に限られており、不法入国の事実自体は申告事項とされていないことはもちろん、右の罪の刑事責任の嫌疑を基準に右範囲が定められているわけではないことも明らかであるから、登録申請が、実質上、不法入国の罪の刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものということにはならない。」と判断する。

しかしながら、すでに述べたように、外登法関係法規の定め方および申請手続の実際によれば、登録申請行為は、実質的にみると、同時に不法入国事実の申告そのものといわなければならないのである。

よつて原判決は破棄されるべきと考える。

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